ナイスガイドライバー編の続きです。
前回
7ikezu-no-pawapuro.hatenablog.jp

香港からアンバンビーチまで陸路で3日間。距離にして約1500km。
バスと電車を乗り継ぎ到達したのが、このアンバンビーチ。
ここからベトナムの南へ行くためには、数km離れたホイアンへ出て、そこで長距離バスに乗り継ぐ必要があるのだ。
しかしこの時期は年始。
バスすら走っているか怪しい中、筆者はホイアンのバス会社に行き、チケットの有無を確認することにした。

年明けの朝、7時ごろに起床。前日夜9-10時には寝ていたため、元気ばっちり。
朝早くに出る必要もない。急ぐ理由もないため、ゆっくり荷造り。

朝食は外の飲食店へ。
チェックインの際、朝食用の食事チケットを貰っていたので、その店舗へ。

店内はホイアンっぽい雰囲気。

朝食はあたたかめのフォー。そしてさんぴん茶風味のティー。
お野菜たっぷりで麺もボリューム満点なんで、思いのほか腹が膨れた。
朝方はベトナム中部とはいえども多少冷える。こういうあたたかい食事はありがたかった。
ほんで食事を終え、宿でゆっくり準備し、いざ出発。
なんかGoogleにはホイアン行きのバスが走っているらしいけど、そんなバス走っていなかったし、バス停っぽいのも皆無。
この国でもGoogleはあまり当てにならないと思い、4kmを歩くことに。

途中で水門が見えてきて、いよいよ田園地帯に。
自転車やオートバイはぎょうさんいるが、歩いている人はあまりいない。
ベトナムも右車線だが、私は左車線の端を歩いていた。
対向車線側だとタクシーの客引きとエンカしないからだ。
向かいからやってくるタクシーは、ありがたいことに自分をスルーしてくれる。
だが同方向車線の路肩を歩いていると、うんざりするくらい「声かけ」される。まるで油揚げを狙うトンビの如く。
これも、ぼったくりドライバーとエンカしまくって学んだ知識の一つ。

そこからしばらく歩いてたら、西洋系の観光客がいっぱいいるエリアに到着。
目印っぽいところに案内文っぽい石碑があった。
その石碑の文章を眺めていると・・・
なんと日本語が記載されていた。
しかも不自然な翻訳ではなく、ちゃんとした日本語で。
なんとも珍しい。アンバンビーチじゃ日本語は見かけなかったのに。

これがその石碑。
どうやら江戸時代の商人「谷弥次郎兵衛」のお墓とのこと。
日本に帰国せず、ベトナムホイアンの地で没し、今でもこの土地で眠り続けているそうだ。
この話、どこかで・・・
と思ってたところ、思い出した。
沢木耕太郎の本で読んだことがある。
「1号線を北上せよ」だ。
確か沢木がホイアンにたどり着いた際、ホイアンの地で永眠した日本人が居て、農作地帯のど真ん中にお墓がある。みたいなことが記述されていた。
そうだそうだ、これがあの商人、谷弥次郎兵衛のことか。
と、しみじみと感慨に浸りました。

お墓も十分に整備されています。
観光客もわりかし多かったのですが、残念なことに日本人は自分一人でした。
東アジア系の人もいましたが、いずれも中華系や韓国系の人ばかり。日本語は一切聞こえてこなかったです。
ホイアンじゃ、ぎょうさん日本語聞こえてきたし、団体客を含め、日本人観光客自体は十分にいるはずなんだけどなぁ・・・
ダナンの空港よりも遥かに近いところにあるのに、その存在すらスルーされる谷弥次郎兵衛。「映え」とやらに消費される現実に対し、悲しいものを覚えました。

そして寄り道&歩くこと約1時間。
長距離バス会社アンフートラベルに到着。
ここでベトナム南方へ行くため、ファンティエット行のバスを予約する。それがミッションだ。
店入ったら、ユリの花+線香の匂いがムンムン。要は葬儀場の匂いだ。
これが古都ホイアンという街の「文化的香風」なのだろうか。
そんなことを思いながら、バスが走っているかどうか、席は空いているかを確認。
そしたら、17時30分発のバスがあるとのこと。料金は80万ドン。日本円にして約5000円だ。順調にいけば昼前には着くとのこと。
値段も適正価格であり、予約交渉成立。
時間も十分にあるため、夕方までホイアン観光することに。
これは余談だが、アンフートラベルというバス会社、Googleの評価では星2点台だ。
細かいことは気にするな!

ホイアン中心市街地はこんな感じ。ランタンがいっぱいあるのが特徴。
京都とは異なる古い町並みも味がある。
ちなみに。アオザイはここで購入しました。ここでもアオザイ着ている人が多かったんで、自分も欲しいなと思い買っちゃいました。
観光地の記事はこれ以上書く気がないんで、ホイアン編は以上。
次回は南下政策編です。
おしまい。